虚詞辞典を使う

 別ブログ「学退筆談」で、3回にわたり、虚詞辞典を取り上げました。お読み下さい。

 「文言基礎」でも、その『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館、1999)を使ってみましょう。

 先日お示しした、『詩経』召南「摽有梅」の「有」とは何でしょうか?『辞源』では「有,助詞」と説明していることをご紹介しましたが、これだけではよく意味が分かりません。そこで『古代漢語虚詞詞典』で「有」を調べてみましょう。「有」の説明の冒頭部分を私訳します。

 『説文』に「有は、宜しく有るべからざる也」とあり、段注に「本(も)と是れ当(まさ)に有るべからざるに有るの称にして、引伸して遂に凡そ有るの称と為るを謂う」という。

 「有」はもともと動詞であるが、その目的語が省略され、あるいは脱落すると、指示代名詞の性質を有するようになり、また「有」と単音節の形容詞が連用されると、指示詞のように強調する作用を持つようになり、また指示作用が弱化して名詞の前に置かれるようになると、虚化して助詞となり、そして句首に置かれた「有」は、接続を表す方向へと転化した。代名詞・副詞・介詞・接続詞・助詞として用いられる。

 その中には、一貫して文言において用いられ続けている用法もあれば、先秦両漢時代のみに見える用法もある。

 このように概観した上で、代名詞・副詞・介詞・接続詞・助詞に分けて説明されているのですが、くだんの「摽有梅」の「有」はどれに当てはまるのでしょうか?通覧してゆくと、「助詞」の第2項として、「用在普通名词前。可不必译出」と説明ものの中に、「摽有梅」の詩が書証として挙がっています。普通名詞の前に置く、意味の弱い助詞であることが分かります。

 さらに「助詞」の第3項には「用在单音节形容词或象声词之前,使该词与叠用的形容词或象声词同义。可用形容词或象声词的叠用式来对译。例多集中在《诗经》」とあり、「桃夭」の「有蕡其實」が書証とされています。なるほど、形容詞「蕡」に助詞「有」を前置して、「蕡蕡」と同義にする、『詩経』特有の表現なのですね。

 あまりに詳しすぎると感じられるかも知れませんが、使い慣れれば、目的の意味・用法は素早く見つかると思います。

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虚詞辞典を使う への6件のフィードバック

  1. 无名氏 より:

    初めまして。以前にこちらのエントリを拝見して、この詞典に興味を持った者です。その時はご紹介の虚詞詞典が手元になく、あまりおっしゃっている内容についていなかったところがあったのですが、きょうたまたま手に入りましたので併せて読んでみました。xuetuiさんの日本語訳があるところはよく分かったのですが、その他の部分は自分の中国語の能力が低いせいで難しいと感じる部分が多かったです。それでもやはりおもしろさは感じましたので、xuetuiさんの「使い慣れれば」の言を信じて、使い続けてみたいと思います。(それから細かいところで申し訳ございませんが、段注の訓読の部分、「謂」の字が抜けている気がします。)

  2. 昭夫 より:

    虚詞辞典は楊伯峻のなどを薦められて買っていたのですが、こういう文法史的に解説しているのがあったのですね。余裕出来次第、買って見ます。

  3. xuetui より:

    ご自分が使いやすいものが一番ですので、楊伯峻のものが手になじんでいるなら、それでかまいませんよ。複数持てば、比較できるのでよいですが。

  4. xuetui より:

     初めまして。確かにおっしゃるとおり、この虚詞辞典は難しいところがあります。しかし、他の虚詞辞典に比べると、分かりやすくできていると思い、推薦させてもらいました。 自分の利用法を見直してみると、最低限、「目的の虚詞の品詞は何か?」の答えをあらかじめ知った上で引いています(『古代漢語虚詞詞典』でいうと、副詞・介詞・連詞・助詞・語気詞・感嘆詞・助動詞・代詞・不定数詞)。そうでないと、全体の記述を読まねばならず、混乱してしまいます。そういう意味で、「使い慣れれば」どうにかなるという性質のものではないかな、と反省しました。 方便としては、品詞が記述してあり、虚詞の解説もある程度、詳しい漢和辞典、『漢辞海』と組み合わせて使ってみる、という手が考えられるかも知れません。日本語と中国語で、それぞれどのように虚詞を説明するのか、見比べてみるのも興味深いと思います。ご参考まで。 「謂」の字、ご指摘ありがとうございました。修正させていただきます。こうして、丁寧に読んで下さり、ありがとうございます。

  5. 无名氏 より:

    より詳しいアドバイスを書いていただき感謝いたします。本来ならば自分の読書の積み重ねから自然に気付いていくべきようなことなので、こうして包み隠さずに利用のコツを教えていただけるのは、とてもありがたいことだと思います。と同時に、xuetuiさんの見識に触れ、感服いたしました。また、いま読み直したところ、私の前回のコメントに脱字のせいで意味不明なところがありました。お恥ずかしいです。意味を酌んでいただいて感謝します。これからも更新を楽しみにしております。

  6. xuetui より:

     「一人でも多くの方に、中国古典を楽しんでもらいたい」、その一心でブログを開設しておりますので、知識やノウハウの出し惜しみはしないことをモットーにしております。ただ、経験不足でして、読者の方々のお求めを十分に把握できておりません。ですから、分かりにくい点、学びづらい点につきましては、今回のようにご指摘いただけると、とてもありがたく存じます。 今後とも、よろしくお願いします。

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