第83行「俶載南畝,我藝黍稷」にちなんで、「藝」のおはなしをしたいと思います。
といっても、もちろん、藝の道の達人のおはなしではなく、「藝」という漢字のことです。
「藝」が現在の日本では「芸」と表記されるが、もともと「藝」(漢音「ゲイ」)と「芸」(漢音「ウン」)はまったく別々の文字であること、漢字に関心のあるみなさんは、ご存じのことと思います。
「広韻検索システム」で中古音を確認しておきましょう。
「芸」 1例
上平 20:文 王分切 51丁裏01行目
「藝」 1例
去声 13:祭 魚祭切 20丁裏04行目
「藝」を略して「芸」と表記することは、まったく不適切で、混乱を招くばかりです。汪士鐘という、清朝の有名な蔵書家の蔵書楼は「藝芸書舎」といいましたが、これなど、どう表記すればよいのでしょうか?
『漢辞海』第2版で「芸」(「藝」)を引いてみました。
親字:「芸」〈ゲイ〉。
旧字体:「藝」〈ゲイ〉、「*」〈ウン〉。*は「くさかんむり」を4画で書く「芸」。
異体字:「**」、「蓺」、「秇」。**は「くさかんむり」を4画で書く「藝」。
「常用漢字」に縛られることはやむを得ないのでしょうが、「芸」と「藝」という互いに異なる字を混同して説明しているため、訳が分からなくなっています。
きわめつけは、「なりたち」の部分です。『漢辞海』では、「なりたち」として『説文解字』を引用して字の構成を説明しているのですが、この「芸」「藝」について、なんと「芸〈ウン〉」の篆文と説解とを挙げているのです。親字が「芸」〈ゲイ〉であるにも関わらず。
『説文解字』には、「藝」の字は載せられていません。しかし、その字から「くさかんむり」と「云」の部分を取り去った「埶」という字が載せられています。
埶,穜也。‥‥。『詩』曰:「我埶黍稷」。
「藝」という字の古いかたちを『説文解字』に求めるならば、本来、これを挙げなければならないわけです。それもこれも、常用漢字が、「藝」という字から音を表す「埶」を省き(つまり、最も重要な要素を省き)、まったく無関係な「芸」〈ウン〉字と混同させてしまったことが、この混乱の原因です。