第82行に「治本於農,務茲稼穡」とあり、そこで「於」の字について検討しました。『千字文』の使い方においては、意味上、「於」は「于」と置き換えることができ、ともに「yu2」と読むことが分かりました。
ところが、「於」の漢音は「ヨ」(呉音は「ヲ」)ですが、「于」の漢音は「ウ」(呉音も同じ)です。音が違いますね。
「広韻検索システム」を利用して、中古音も調べておきましょう。「於」の反切は次の通りです。
「於」 2例
上平 9:魚 央居切 31丁表08行目
上平 11:模 哀都切 39丁表05行目
後者は「烏」に通じるものですから、問題としている用法では前者の音が指定されています。
「于」の反切は次の通りです。
「于」 1例
上平 10:虞 羽倶切 33丁表06行目
「於」は「影」母の「魚」韻(ĭo)、「于」は「云」母の「虞」韻(jĭu)と、音が異なります。これが日本漢字音の違いに反映しているわけですね。
流れとしては、「于」の字を表現するのに「於」の字が当てられるようになり、それにつれて、「於」の字を「于」と同音で読むようになったものと想像できます。
相当古い時代からこの二つの字の通用は行われていたようです。『説文解字』では「于」を「於也」と解説しています。『儀礼』大射に「士御於大夫」という句があり、それに対し後漢の鄭玄が「今文では於を于と書く」と注をつけています。
「まったく同音同義なのではなく、あくまで音が近いために通用された」という認識が正しいと思います。